今回は好きな「万葉集」のお気に入りの歌を二つ挙げてみたい。
①藤原の 大宮仕(つか)へ 生(あ)れ付くや 娘子(をとめ)がともは 羨(とも)しきろかも
作者不詳
藤原の大宮仕え、その仕え者としてこの世に生まれ付いたおとめたち、ああ、おとめたちは羨ましい限りだ。
この短歌は、「藤原の宮の御井の歌」の長歌に続くものである。藤原京で働く女性たちへの羨望の眼差しと宮仕えの彼女たちの華やかな姿が目に浮かぶほほえましい短歌である。藤原宮跡を訪れた時、この短歌を思い浮かべてみたことがある。
②世間(よのなか)を 憂しとやさしと思へども 飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば
山上臣憶良
世の中をつらい、身も細くなるほど耐え難いと思うけれども、(どこかへ)飛んでいくことはできない。鳥ではないのだから。
鳥は山上憶良に特徴的なもので自由の象徴としてしばしば歌われる。鳥になって自由に天を翔けたいと願っても、また地上に押し戻される憶良がいる。「貧窮問答歌」で知られる彼は、常に弱者に暖かいまなざしを注いだヒューマニストであり、当代最高の知識人でもあった。
①は藤原宮跡をはじめ、本薬師寺跡を訪れると、周りの遠景を見つつ何となく思い浮かぶ情景である。②はコロナ禍で何かと不自由を強いられる昨今の世相をあらわしているようで、思ったようにいかない最近の自分の心情に近い気がする。